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インドネシアあるくみるきく: 7月 2014
http://matsui-indonesia.blogspot.com/2014_07_01_archive.html
政治・経済・社会・文化。いくつものインドネシアへ。食べもの情報は「食との出会いは一期一会」へ。 ザンジバルの世界遺産であるストーン・タウンの街歩きの後は、車で30分ほどの距離にある観光スパイス農園へ行った。 ザンジバルに富を築かせたのは、奴隷貿易、象牙取引と並んでスパイス貿易であった。なかでも、丁字は、もともとオランダ領東インド(現在のインドネシア)から移植され、世界有数の品質の丁字を産するに至った。実際、インドネシアは、ザンジバルから丁字タバコ(クレテック)用の丁字を輸入していた(今も輸入しているかもしれないが)。 観光スパイス農園につくと、若い兄ちゃんが農園の中を案内してくれる。農園自体は観光用に様々な香辛料の木を植えているのみで、商業用としては大したことはない。案内役の彼は農園とは何の関係もなく、観光客を案内するために農園を使わせてもらう観光ガイドである。 椰子ジュースを飲んでいる間に、葉っぱで帽子とネクタイを作ってくれた。最後に、スパイス販売コーナーに連れて行かれて、スパイス農園ツアーは終了である。 世界遺産に指定され、町並み保存活動も活発に行われている様子だが、近年...海沿いのテンボ...
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インドネシアあるくみるきく: 7月 2013
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政治・経済・社会・文化。いくつものインドネシアへ。食べもの情報は「食との出会いは一期一会」へ。 数日前、鏡で自分の顔を見て驚いた。そこには、醜い顔の自分がいた。 小説を書いているのではない。自分の顔を本当に醜く感じた。何という顔。 いろんなことがあって、いろんなことを考えていて、気分が高ぶれなかった。笑う気にもなれなかった。子連れの通りすがりの人が、私の顔を見て「あの人に怒られないようにね」という声が耳に入ったりもした。無表情で、ムスッとして、微笑のできない自分がいた。 ものすごいストレスがあるわけでもない。難しい問題を自分が抱えている訳でもない。自分でもなぜそうなのか分からない。でも、何かに対して怒っている。その何かがはっきりしない。 形だけでも変えよう、と思って、昨日、ジャカルタでの用事が済んだ後、散髪した。さっぱりした。 散髪した後、なじみの麺屋で麺を食べ、その後、ジェラードを食べた。少し気分がすっきりした気がした。 でも、それだけではない、もやもやした気分がある。 でも、醜い顔はもうごめんだ。毎日、鏡の前でピースサインをしてみることにしよう。 シンガポールや日本での講演で、まだまだ...
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インドネシアあるくみるきく: 「インド×日本で5人の地域づくりの「プロ」を育てる」プロジェクトへの支援お願い
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政治・経済・社会・文化。いくつものインドネシアへ。食べもの情報は「食との出会いは一期一会」へ。 12300;インド×日本で5人の地域づくりの「プロ」を育てる」プロジェクトへの支援お願い. 彼らによるトレーニングや研修は、まさに本物です。5人限定、というのは本物を育てるための機会だからです。参加者は必ず、目からウロコ状態の連続となるはずです。 日本の若者にこうした場を提供するためにも、皆さんからの支援をお願いしたいです。是非とも、よろしくお願いいたします。 個人的には、いずれ、「インドネシア✕日本で5人の地域づくりの「プロ」を育てる」をやってみたいです。日本人だけでなく、インドネシア人の地域づくりの「プロ」も育ててみたいです。 いつも、ソムニード(この11月1日より、ムラのミライと名称が変わります)へのご支援、ありがとうございます。 私が常駐するここ、ヒマラヤの麓カトマンズも、すっかり秋めいてきました。 天が近いせいか、日中の日差しはなかなかの強さですが、朝夕は、そろそろコートがいるかというこの頃です。 ただ、志と意欲だけがあっても、どのようにそれを実行していくか、. I’m an indep...
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インドネシアあるくみるきく: 9月 2013
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政治・経済・社会・文化。いくつものインドネシアへ。食べもの情報は「食との出会いは一期一会」へ。 今朝、あるインドネシア人の知人と朝食をしながら、前々から温めてきた夢の一つを語り合った。それは、インドネシアで、ダイビングを思う存分しながら生きていく、という生き方の選択についてであった。 以前、何かの時に、こんな話を聞いた。夢のような話かもしれないけれど、1年中ダイビングができて、その合間に時々仕事をする、なんていう生き方はできないものか、という話である。本当にそれを実現できないものか、という話をした。 12539;デラワン、アロール、ワカトビ、ラジャ・アンパットなどのダイビングで有名な場所に長期滞在できる、ダイビング免許を持った外国人(できればダイビングを他人に教えられる人). 12539;宿舎や食事、インターネット接続、ダイビングに必要な機材等はそれぞれの場所でインドネシア側が用意する. 12539;毎月、若干の賃金が支払われる(日本円で5万円ぐらいか). 以上のような条件で、インドネシアに住んで、上記のような活動してみたいという人は、いるだろうか。 本セミナーでは、インドネシア人側が持つ...
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インドネシアあるくみるきく: 4月 2014
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政治・経済・社会・文化。いくつものインドネシアへ。食べもの情報は「食との出会いは一期一会」へ。 先週、ジャカルタの「父」を連れて日本からジャカルタへ戻り、2日間、ジャカルタで過ごした。久々に、コタで行きつけの麺屋へ行って、ワンタン麺にナシチャンプルまで食べて、大満足で、来たときと同様、グロドックからブロックM行きのトランスジャカルタに乗った。 しばらくして、大きなバッグとギターケースを抱えた女性がトランスジャカルタに乗り込んできた。トランスジャカルタのバスの連結部に立ち、私のすぐ隣にいた。ふと、ギターケースを見ると、JALANANというステッカーが貼ってある。もしかして・・・。 女性は携帯電話で話を始めた。バスの連結部なので、ギターケースを抱えてバッグを手に電話するのはなかなか大変そう。その女性と目を合わせた後、ギターケースをそっと支えてあげた。 ティティさんは、他の乗客とはやや違う雰囲気を持った女性だった。聡明な顔立ちの一方で、どこか翳のある表情を時おり見せた。 プトラもプトリもサンスクリット語起源ということで、本願寺のキャラクターとして愛されているようだが、「...後半は、...
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インドネシアあるくみるきく: 8月 2013
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政治・経済・社会・文化。いくつものインドネシアへ。食べもの情報は「食との出会いは一期一会」へ。 先週に引き続き、9月1〜2日はジャカルタへ出かける。そのための航空チケットをインターネットで購入した。 今回はCITILINK、必要事項の記入を終えて、支払の段。支払い方法はデビットカード、ワンクリック・デビット、ATMなどのほかに、アルファマートで支払、というのがあった。そこで、試しにアルファマートへ行って、チケット代を支払ってきた。 アルファマートのカウンターで予約コードを伝えると、店員が端末で確認し、プリンターで領収証をプリントアウトしてくれる。今回は、端末がなかなかネットワークとつながらない様子で、10分ぐらい待たされたが、ちゃんと領収証が印刷された。 日本のコンビニのような、様々なチケットが買える統合端末はまだ導入されておらず、CITILINK単独の端末であった。 ただし、CITILINKの航空チケットは、インターネットでまずブッキングして、支払のみがアルファマートで可能、という形である。 しかし、私には、過去に苦い経験がある。 以前、南スラウェシ州政府のアドバイザーをしていたときに&...
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インドネシアあるくみるきく: 1月 2014
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政治・経済・社会・文化。いくつものインドネシアへ。食べもの情報は「食との出会いは一期一会」へ。 パレンバン訪問(その2): カンポン・カピタン. デジカメを盗まれた後、乗合に乗ってムシ川にかかるアンペラ大橋を渡って、対岸へ。対岸にはカンポン・カピタンという名前の華人系の人々が古くから住む集落がある。話を聞くと、どうもこちらのほうが市外よりも歴史が古く、パレンバン自体がもともとはカンポン・カピタンから始まったといってもよいようなのである。 細い道を川のほうへ向かって入って行く。質素な家が立ち並び、家の周辺は湿地のような景観である。その一角に、カンポン・カピタンはあった。 この長屋の向かいには、漢字で書かれた小さな祠が建てられていた。南無阿弥陀佛と書かれている。 上の3枚のうち真ん中の写真がカピタンの家。この辺では最も古い建物である。ここを守っているのは、蔡氏の13代目とのことである。多くの親族はカンポン・カピタンを離れ、ジャカルタやシンガポールなどで活躍し、富豪になった者もいる。 しっかりと整備された道路と夜の人通りの少なさから受ける印象は、「パレンバンは真面目な町ӎ...夜のパレンバンに...
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インドネシアあるくみるきく: 5月 2014
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政治・経済・社会・文化。いくつものインドネシアへ。食べもの情報は「食との出会いは一期一会」へ。 一昨日(5月27日)、近所のAlfa Mart(インドネシア地場のコンビニ)へ行ったら、ATMの脇に赤っぽい箱のようなものが置いてあった。よくみると、赤い端末である。 ちょうど、スマラン行きの鉄道の切符を買いたかったので、操作してみた。端末の指示に従って、出発日や行先を入れていき、最後に支払いのところまで来た。 けっこう、いけるじゃん。と思ったら、最後が難所だった。自分のID番号を入れるのである。それがすべて数字。 私のKITAS(外国人一時滞在証)IDにはアルファベットが混じっており、入力できない。というか、一般の旅行客はこの端末で鉄道の切符は買えないのだ。パスポート番号にもアルファベットが交じるからである。もちろん、インドネシア国籍で住民登録番号を持っている人ならば買えるのだろう。 しかたないので、レジに行き、店員にKITASを渡して登録してもらい、無事に鉄道の切符を買うことができた。 先週、ジョホールバルに滞在中、地元の華人実業家と知り合いになった。 ジミー・チュウという名前も初めて聞いた...
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インドネシアあるくみるきく: 12月 2013
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政治・経済・社会・文化。いくつものインドネシアへ。食べもの情報は「食との出会いは一期一会」へ。 9年前の2004年12月26日、スマトラ島北部、アチェ沖を震源とする大地震が起こり、大津波などで20万人近くの方々が犠牲となった。まだ覚えているだろうか。 当時、日本のメディアにはインドネシアの情報はほとんど伝わっておらず、タイやスリランカでの被害の様子が報じられていた。インドネシアのとくにアチェの被災状況が報じられたのは、ほとんど年が明けてからだったように思う。 アチェの現地から送られてきた写真をみた。津波がバンダアチェの町を襲う写真、助けを求める人々の写真、そして道路沿いのおびただしい数の遺体の写真、その遺体を埋葬している写真・・・。直視することができない、しかし直視しなければならない。嘔吐感すら感じながら、必死でその画像を記憶に留めようと必死だった。 その2年半後に、「アチェで起きたこと」が日本で起こるとは・・・。災害対策が世界で最も進んでいるといわれ、アチェをはじめとするインドネシアに多大な...アチェの被災者に対しては、1995年1月に大地震に見舞われた神戸の人々が様々な支援を行ってい...
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